OA機器とファクシミリ

OA機器とファクシミリ

OA機器とは?

OA機器とは、情報にアクセスするための機器・機械(情報用ハードウェアなど)である。 広義では、情報に触れることができる機器はすべて情報機器であり、狭義では、通信の機能を持っている機器を指す。通信の機能を持っているものは、特に情報端末(じょうほうたんまつ)ということもある。情報機器のうち、家庭で用いられるものを情報家電(じょうほうかでん・後述)、企業などで用いられるものをOA機器(オーエイきき)ということもある。OAとは「Office Automation」の略である。法人向けの情報機器は販社により、リース物件として流通するケースが多い。
OA機器は、情報やデータを扱うため、それを記録しておく情報メディアと密接なかかわりを持つ。単にOA機器というと、現代ではコンピュータ、特にパーソナルコンピュータ (PC) や携帯電話・PDAを指していうことが多い。このほかにも、固定電話、ファクシミリなども含まれる。また、通信の機能は持たないが、複写機(コピー機)やCDプレーヤーなども広義のOA機器に含めることもできる。

ファクシミリ

ファクシミリ (英語: facsimile) は、画像情報を通信回線を通して遠隔地に伝送する機器、あるいは仕組みのこと。 ラテン語のfac simile(同じものを作れ)←{facere(為す)+simile(同一)}が語源。英語圏では、短縮語である"fax"が広く使われている。日本語では、"fax" を音声転写した「ファックス」あるいは「ファクス」という語が一般的に使用される。大文字のFAXという表記がよく使われるが、"fax"は頭字語ではないため、本来は誤りである。送信側で原稿の二次元情報を線または点に分解し読み取り、データ圧縮や変調等の信号処理をして、通信回線(多くは電話網)に送出し、受信側で信号を復調して原稿を復元する。写真等、中間調の画像を電送するものを写真電送、文字、図面等を電送するものを模写電送と言う。 通常は、電話機と一体になっているものがほとんどである。業務用の複合機などでは、受話器がないものもある(電話は別回線の電話で受けるため必要ない)。 現在では従来の電話網における電話交換機を介さずLANで外部のインターネットと接続されたIP電話と同様にIPベースによるFAXも普及しつつある。

歴史

電信、電話など通信の発達と共に画像電送の要望も高まり、19世紀半ばには開発が始められた。ファクシミリが発明されたのは、電話よりも30年ほど早い、1843年のことである。(アレクサンダー・ベインによる)。この時代電気工学の急速な発展に伴い、実用化の時代に入った。 ユダヤ系ドイツ人のアーサー・コーン(Arthur Korn)は今日のファクシミリの原型とも言えるde:Bildtelegraphを発明する。同じくドイツのルドルフ・ヘル(Rudolf Hell)は、1929年に文字を小さな点に分解、走査して電気信号に変換し送信、受信は今日で言うドットプリンターの原理で印刷するヘルシュライバー(Hellschreiber)と言う機械を開発、特許を申請した、ヘルのこの機械は、その後、新聞原稿電送装置、等として発展していく。 ドイツ軍は第二次世界大戦で野戦通信用として、可搬式ヘルシュライバー装置を導入、シーメンス・ハルスケ社が生産を担当したこの機械は Feld-Hell と呼ばれ、有線、無線に対応し、敵軍に探知され難い文字通信方法として、他国には見られない独特なものである。

日本

日本では、日本電気の丹羽保次郎とその部下、小林正次の2人が開発したNE式写真電送機が、1928年11月10日に行われた昭和天皇の即位の儀式を京都から東京に伝送したのが実用化第1号であった。即位儀式の時、速報を大阪毎日新聞社と朝日新聞社がかって出た。しかし、当時のFAXでは、信号の同期がとれないため画像が歪んでしまい、国はゆがんだ画像を文書に載せ公開することを禁止する法律を制定した。朝日新聞社にドイツのFAXの技術者が、大阪毎日新聞社に当時の日本電気の技術者が就き、両社とも、試験時はまったく成功せず、大阪毎日新聞社が本番のとき、初めて成功した。朝日新聞社は、大阪毎日新聞社が速報を出した数時間後に、やっと成功した。当時の日本電気は、送信側がデータ以外に同期のための電気信号を送り、その電気信号で、受信側のモーターを動かすという仕組みにした。 初期のFAXは、信号に同期信号が重畳されておらず、送信側と受信側とで別々の周波数源(商用交流電源や発振器)によって同期を取る必要があった。しかし、現在と異なり、商用交流電源の安定度や、発振器の性能のが充分でなかったため、送受信の同期を取るのに大変な調整が必要であった。現在は、データの形式が異なるため、そのような不具合は発生しない。 1936年に開催されたベルリンオリンピックではベルリン-東京間に敷設された短波通信回線により電送された写真が新聞紙面を飾り、それまでの飛行機便による速報写真は役目を終えていった。 戦後は、やはり報道や電報、警察における手配写真などの伝送に利用されたが、1970年代後半には業務用ファクスが開発され、1台目の電話機に接続する形で大企業にファクスが入り始める。1981年には旧電電公社により、通信料金の安いファクシミリ通信網(Fネット)が開始される。 その間、現在の主力であるG3ファクスが開発され、また1985年に電話機を始めとする端末設備の接続が自由化されると、中小企業や商店などで急速にファクスが普及し始めるとともに、パーソナルコンピュータなどのFAX内蔵モデムが登場する。 1988年に開催されたソウルオリンピックを目前に高解像度のカラーイメージスキャナーが登場し、同時に日本の主要都市に光ファイバーが敷設され、デジタル通信回線により高解像度の電送された写真が地方新聞社に送られカラー写真が紙面を飾った。 1990年代に入ると、コードレス留守番電話機と結合された形で、一般家庭でも使われるようになった。また、ファクシミリの機能を活用しあらかじめ決められたコード番号を入力することで様々な情報を受信することが可能なFAXサービスの提供が主な企業より行われた。
<Wikipediaより>